2014年11月24日

織田信長 「信長様と義昭公」

1568年 


珍しく、信長さんから呼ばれてお話を聞きに来ました。


私 :何かお話があるようで。。。?

信長:おお、来たか。。。
   いや少しな、色々な者の話が聞きたくてな。。。

   
   先日、足利将軍であった義輝の弟「義昭」が、
   天下布武を掲げたワシの所へ来たんじゃ。
   
   「今の足利将軍は三好の傀儡じゃから、麻呂を将軍に
   するために上洛してたもれ〜」 とな。

私 :よかったじゃないですか。
   将軍が手元に居ることになるんじゃないですか??

信長:まぁ、そうなんじゃが。。。
   奴は、京に入りさえすれば自分が天下を収められると思っておる
   気がしてならんのじゃ。。。

   元々、ワシ自身「権力の権現」などといった形式ばった者が
   好かんし、上洛して京を治めるなら、ワシらだけでも良かろう?
   足利の名前は必要であろうかの??
   
   そもそも、京とは何じゃ?
   昔の権力者が治めて都と勝手に決めた土地であろう?
   まあ、商いや流通を考えれば都であってもいいが、
   作り変えれば、一番栄えている町が都でよかろう??

   そう考えれば、京に居座って自分達が日ノ本を治めていると
   思っていて、自分で何もしない奴らは日ノ本に
   いらないのではないか????

   まぁ今回の義昭は、大義名分を得る事が出来たし、
   京に入った後の処理にも利用できるし、帝を利用しようと
   考えたときに足利の名前は有利に働くであろうから、
   上洛して将軍にでも何でもさせてやるが。。。

   「権威」を着ているだけの奴らは好かんのじゃ
   でもの、ワシらが前進するためには頭を下げてでも奴らを
   利用するのが得策なのは分かっておるんじゃ。。。

   しかしの、奴らと言ったら。。。。。。

私 :(私は、何のために呼び出されたのかしら。。。?
   はっ まさか信長さん、足利義昭を利用して上洛して
   将軍家や朝廷を一応は立てながら、自分の天下布武を
   進めていくことは、もう決定事項なんじゃん??
   
   ただ、うまく利用するためには、自分が頭下げたり、
   持ち上げたりしなきゃいけないのが、 イラッ とするだけ??

   。。。愚痴や。。。今後の愚痴を、聞かされに来たんや。。。




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ラベル:戦国時代
posted by 記者 夢見がち at 14:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 織田信長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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